episode 43ソラみみババー医事課の職員となって十数年がたつも、いまだに電話交換の業務は苦手だ。小さい時から電話自体が苦手で、自宅の電話のベルが鳴ると、ドキリとしていた ベルのバカヤローが電話を発明したのは1876年。2時間の差で特許を取り損なったエリシャ・グレイなる大バカヤローのことなど、当然、知ったことではない!余計なお世話 休憩中であろうが接客中であろうが、忙しい外来の喧噪をヨソに意識を飛ばせてちょいとサボってるときにも、こちらの都合などまったく考えずに チリリーン・・・チリリーン・・・と呼びつけられる。今時チリリーンもないか、歳がバレバレだ プルルルル・・・プルルルル・・・電子音に取って変わって20年くらいがたつ。考えてみれば日本人にとって電話が一般的になったのは高度成長期の頃だろう。昭和30年代だと思う。それから今日までの半世紀を長いと考えるか、短いと考えるか・・・ なにしろ人が一世紀近くも生きるようになってしまった。明治・大正・昭和・平成と4世代を生き抜いているジジババも多いのだから、 病院にかかってくる電話には、診療時間・科目の問い合わせ、病状の相談、クスリの問い合わせ、、、救急隊からの通報、さらには 「ちょっと!アンタさん。今日やってる?長崎屋」隣のスーパーの営業案内も、、、医療事務に求められる病院(周辺)の知識は多い 私が今の職場で電話をとることを許されたのは、入職2ヶ月後くらいからだったと思う。必要なオリエンテーションを受け、ある程度の理解がついたころに、電話を取ってもらいますといわれた とにかくとるだけで必死。何も答えられないから、手近にいる人にとにかく繋ぐだけ、交換手に徹するのみ。そんな時に入る消防署からの通報がまた怖かった 「○○救急本部、70歳女性、♪#&*△・・・」と最初の方は聞き取れるのだが、症状を報告しているらしい部分になると、さっぱり解からない、一語一句聞き逃せない、緊急を要する、そして正確な情報を医師・看護師に伝えなければならない、、、 医療の知識が全く無い状態で、専門用語・略語が飛び交う会話についていけるわけがない。わけのわからないカタカナ語、英語だけでなくドイツ語(らしい)単語も飛び交う中 アポる:【英】Apoplexy 脳卒中 また、製薬メーカー、プロパー、医療材料メーカー等の業者からの電話も受ける。この業者の名前がまたカタカナ交じりで長ったらしく、交換手泣かせだ 東洋ファルマー 最後の『林寺メデ・・・』なんぞ、最初聞いた時には「ハヤシ・デラ・・・なんとか」と聞き取っていて、 「ハヤシ・デラ・・・なんとかさんから電話でーす」 「クソミソ・・・なんとか、から電話でーす」さて、先程から私の前で電話を取ったベテラン事務員のO主任。なんだか怪訝そうに、何度も、相手に聞き返しているのだが・・・ 「男性職員?で・す・か・・・?」 目の前のO嬢は何度も聞き返す。受話器を握る手に、自然と力がこもり 「男性職員」がどうした?、、、苦情の電話か?少ない男性職員を名指しの電話とは、心中穏やかでない私。さて脱走準備と・・・ 「あぁ、、、わかりました。今繋ぎます・・・ ・・・栄養科あてに・・・ 大成食品さんから電話です」 男性職員・・・大成食品
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