episode 56

S事務長は二度死ぬ−いとしのSさん(5)

さて度重なるS事務長「危機一髪」は、周囲の暖かい人々に見守られながら回避されてきた。 しかしS事務長にとっての「危機一髪」は心臓を病んでからのことではなく、ずーっと昔、彼がまだ小さい時から、いく度もあったらしい
例えばこんな話も聞いた・・・ 幼少の頃、誰しも一度は経験する

神隠し

に彼もあったらしい、家族総出で「○○○君はドコへ行った?」と大騒ぎになったそうだ。本人はその時の事をしっかり憶えているそうで、皆が大騒ぎしていることを耳にしながら、、、 彼はコタツの中、底の方に潜り込んでいた。当時のコタツといえば『電気コタツ』などあるわけもなく

真っ赤におこる炭の色を見つめつつ、ご機嫌だった○○○君はだんだん意識もご機嫌になって、、、遠くで自分を呼ぶ声がするのだけれども、その赤き固まりから目を逸らすことができなくなって・・

意識も薄れたころ

無事発見されたそうだ。ひょっとして油断するとつい休んでしまう心臓や、EXCELで総括表を作ったはいいが電卓で集計を入れながら、、、

「EXCELは表を作るのに便利だけど計算が出来るといいのに・・・」

と天然のボケをかまして、すまし顔なのもその後遺症なのかもしれない

受付事務員にとって一番大切なことは患者さんの顔を憶えることだ。診療所ともなると尚更で、その家族構成や親戚関係まで頭に入れておかなければ勤まらない

○○さんは△△さんと実の姉妹
□□さんは○△さんの孫
△□さんは○□さんの元旦那

◎△さんが△○さんの愛人

こうした患者さんの情報、関係は、隈なく頭に入れておかないと、充分な対応は出来ない。僕自身、病院でのことだが、常連さんの顔を憶えはじめて、軽く冗談なんかも言い合えるようになり、なにより自分の顔を患者さんが憶えてくれたことに気をよくして・・・

「オハヨーございます!今日はどうされました?」

といつもより元気よく訪ねたら

『死亡診断書をもらいに来た』

なんて返事をもらい非常に気まずい思いをしたことがある

さてさて、ある日の午後、S事務長は病院長のS医師からの電話を受けた。診療所で管理往診を行っていた患者で、病状が悪化、病院で入院治療していたHさんが亡くなった。診療所の名義でも弔電を出しておいてほしいという知らせ

いつもなら診療所の婦長が弔電を手配するのだが、その日、診療所にはS事務長しかいなかったため、彼が弔電を打つことになった

その夕方患者さんのCさんから電話がかかってきた。Cさんはこの地域の電報の配達委託を請け負っており、Hさんあての弔電を配達することになったそうで、あのHさんが亡くなったかと思いつつHさんの家へ・・・
しかし、家につくとどうも様子がおかしい、それらしい雰囲気が全くなく、いつもとは変わらないHさん宅。不審に思いつつも「電報でーす」と声をかけると奥から出てきたのは

Sさん本人

しかしCさんもプロ。さしだした弔電を今更引っ込めるわけもいかず、、、
「弔電は絶対に本人が目に出来ないモノ
 生きてるウチに出した人の思いを受け取れるなんて
 幸せなことですね
 でもコレは要らないですから持って帰りますよ」
と持って帰ってきてくれたのだ

亡くなったHさんとは

往診していた「H井」さんで

S事務長が弔電を出してしまったのは

通院中の「H野」さんだ

S事務長は、こうして患者と顔を憶えていく

−完−

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