episode 72

夜の底に忘れられたモノ(1)

夜の底が白くなった

確か、川端康成の「雪国」の出だしはこうだった。トンネルを抜けると・・・こうなるのだ。この文言は、雪国に住む者以外、脳裏に描き出せないことじゃないだろうか、雪国に住む者は、そう考えて満悦するくらいしかできないじゃないか、特にこの季節は

スッと視界が右にスライドした。思わずハンドルにしがみついた。「えっ」と思った。強ばった両腕はハンドルを握りしめている、真っ直ぐに、、、なのに車体が左へとブレた。はっと気付くと車体は左に傾き、ヘッドライトに照らされた前方の景色が傾いて・・・いや自分の車が傾いているのだ。

「ちっ」

一昨日の晩から降り始めた雪は、断続的ながら今朝まで降り続いている。今年は気温が高いせいだろう、これだけ降っているのに積もる気配はなく、積雪は大したことがない、確かに、昨晩までは・・・

今朝起きるとちょっとビックリした。一昨日からの雪の倍は積もっていた。一晩で降る強さを増したのか、昨夜は今まで以上に冷え込んだのか、今それ程の寒気を感じないところを見ると、たぶん前者であろう

例年に比べれば、積雪は決して多いわけではない。そのまま車に乗り込み、まだ暗い夜の底へはい出したのだった。この雪に油断したのはボクだけじゃない、道は全く除雪されていない。「あれ?」と思った。いつもなら、夜を徹して除雪が行われ、朝には道は開けているのに、今朝は全く除雪されてないのだ

先に走る車もあって、道には車の轍が刻まれていた。轍の跡をたどれば特に問題はなかった。何も問題ないから、まだ暗い、早朝の雪の原野をながめつつ、「雪国」のことを思ったりしたのだったが・・・

前輪の左タイヤ、雪に隠れた側溝に嵌り込んでいた。いつも通る道にやっと除雪車が到着し、通行できなかったため、途中、脇道へ入った。その道にも、先に走った車の轍はあった。轍から外れることさえなければ・・・車は轍通りにしか走れない・・・問題はなかったはずなのに

夜の底に白く横たわる雪のせいにちがいない

さっきの除雪車がこちらに入って来る。運転手は立ち往生してるこちらの車に気が付いたらしい。雪に動けなくなった車を見つけると僕だって思わず微笑んでしまうが、彼もそれと同じ笑顔で、高いところにある運転台から降り立つと、さっとはまりこんだタイヤの周囲を確認し、車体に手を入れた

僕ともう一人、犬の散歩に通りかかったお兄さんと、3人で車体は間単に持ち上がった。除雪車の男が力強かったのだろう、僕の両手の力なぞタカが知れているし・・・

ピ・ピ・ピ・・・

その時、背中の下部に違和感を憶えた。無事に車体を起こせたことに感謝し、何度も頭を下げつづけていた時にも、かすかな違和感がつきまとっていたが、そんなコトなぞ理性的に考えられるわけもなく。ひたすら腰をおって「ありがとうございました」を繰り返していたわけだ

ピ・ピ・ピ・・・

痛!車に乗り込んだ瞬間に背中のかなり下、臀部の直上、中心部に痛みが走った・・・

またやっちゃいました!

ガラスの腰をもつ男

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